眠れない夜に読む話 37選
ひとりの夜に、静かに寄り添う短い物語。
合鍵、一本
スーパーの一角にある小さな合鍵屋。山がすり減って丸くなった古い鍵を一本持って、七十代の女性がやってきた。
燻製の本のあいだ
図書館の「ご自由にお持ちください」の棚でもらった燻製の入門書。ページのあいだに、知らない二人のメモが九枚挟まっていた。
帰舎時刻
岩手から放たれた六羽のレース鳩。栃木の屋根の上で、六十八歳の男が帰りを待っている。
仲人の時計
二十八年前に仲人をした元部下から、はがきが届いた。印刷の文面の下に、手書きで一行だけ添えてあった。
長考、四十日
札幌に転勤した高校の同級生と、LINEで将棋を指している。一手ずつ、気が向いたときに。もうすぐ二年になる。
冷蔵庫はどっちが持っていく
四年いっしょに住んだ彼女と別れることになった。家具を分ける日曜日、黄色と青の付箋が用意された。
十九時四十分の値引き
閉店まであと一時間二十分。スーパーの鮮魚売り場で値引きシールを貼るパートと、毎晩同じ時刻に来る作業着の客。
くじ引きの班
修学旅行の班決めは、担任の方針でくじ引きになった。同じ班になったのは、教室で一度も声を聞いたことのないやつだった。
三万円
春に、いちばん古い友達に三万円を貸した。夏が終わっても、そのことをLINEで言い出せない。
調律は四十分
「売る前に一度だけ、調律してほしい」。二十年ふたを開けていないピアノのある団地へ、五十六歳の調律師は出かけた。
十一軒目の内見
「家、買おか」と嫁はんが言い出して半年。十一軒目の内見で、はじめて文句のつけようのない家に出会った。
写ルンです、残り四枚
夏休みの一人旅。灯台の前で、老夫婦に写真を頼まれた。渡されたのは、画面のないカメラだった。
満タン返し
高校の同級生と、二泊三日の信州旅行。最終日、レンタカーを返す前に、ガソリンを入れに寄った。
片側交互通行
夜の県道の工事現場。赤い誘導灯を振る六十七歳と、二十歳の新人。夜明けまで、あと六時間。
面談室B
会社の方針で、二十年一緒に働いた部下に、辞めてくれと言う役が回ってきた。
代返
大学一年のとき、毎週代返をし合っていた友達が、ある週から来なくなった。
時間外窓口
日曜の夕方、市役所の時間外窓口に、年配の夫婦が離婚届を出しに来た。
ボイラー室の人
教室に入れなかった冬、用務員さんのいる部屋で過ごした。
グリコ
帰り道のじゃんけんで、いつも負けていた子。
午前二時のコインランドリー
誰かの乾燥機が止まったまま、持ち主は現れなかった。
段ボール三箱
引っ越しのバイトで運んだ、おじいさんの全財産。
冬だけのボス
冬になると勝手に上がりこんでくる、よその猫の話。
ファミチキ半分
部活をやめた親友と、コンビニの駐車場で話したこと。
ジリリリ
二年間部屋から出てこない息子の部屋の前に、父が置いた目覚まし時計。
百円の詩
地下道で詩を売っていたホームレスの男性と、二百枚目の詩。
手帳の余白
受験直前に電車で落とした手帳が、知らない人の書きこみ付きで戻ってきた。
錆びたブランコ
家出した夜の公園で、隣のブランコをこいでいた老人。
待合室のココア
深夜の救急病院の待合室で、見知らぬ女性と交わした一時間。
終電のベンチ
五十社落ちた夜、駅のベンチで声をかけてきた駅員。
天文部の最後の部員
廃部になった天文部で、一人だけ屋上に上がりつづけた。
レモン味の飴
毎日保健室に来る生徒に、養護の先生が黙って置いていったもの。
空いた枠
一年間学校に行けなかった私の卒業アルバムに、写真の代わりに入っていたもの。
背中の重さ
人間を怖がる保護犬と、同じ部屋で本を読みつづけた三か月。
屋上の鍵
屋上に行こうとした日、扉の鍵を持っていたのは同じクラスの目立たない子だった。
逆さまの月
遠距離恋愛の二人が決めた、夜九時のルール。
片方の手袋
別れた彼の手袋が、片方だけ部屋に残った。
祖母の家の番号
亡くなった祖母の家の番号に電話をかけたら、知らない人が出た。