創作見知らぬ人約3分

燻製の本のあいだ

市立図書館の入口に「ご自由にお持ちください」という棚がある。古くなって除籍された本が並ぶ。三月の終わりに『はじめての燻製 ― ベランダでもできる』(二〇〇九年)をもらって帰った。表紙の角が白く剥げていて、二十八ページと二十九ページのあいだに、しおりくらいの大きさの紙が何枚も挟まっていた。

紙はばらばらだった。図書館の予約票の裏、メモ帳、レシート。字は二種類ある。順番を考えながら並べると、こうなる。

一枚目〔予約票の裏・鉛筆〕

この本を次に借りた人へ。二十八ページのスモークチーズ、書いてある温度でやったら溶けました。プロセスチーズを冷凍庫で三十分冷やしてからやると溶けません。著者に言いたいが連絡先がわからないので、ここに書いておきます。 2023.6.4

二枚目〔メモ帳・青のボールペン、丸い字〕

予約票の人へ。ほんとうに溶けませんでした! うちは段ボール箱でやっています。ベランダで煙を出していたら、隣の人に「火事ですか」と聞かれたのでチーズを一個あげました。 7/22

三枚目〔レシートの裏。表はファミリーマート、鶏むね肉 398円〕

段ボールの人へ。段ボールは燃えませんか。こちらは中華鍋にアルミホイルを敷いています。ゆで卵がうまくいきました。黄身がまだやわらかいうちに燻すのがこつです。 九月

四枚目〔メモ帳・青〕

燃えません、たぶん。中華鍋の人へ。ゆで卵やりました。子どもが一個食べて、あとは食べませんでした。においがだめみたい。私は三個食べました。

五枚目〔予約票の裏・鉛筆〕

三個は多い。

桜のチップよりリンゴのチップのほうが、においがやわらかいです。お子さんにはリンゴがいいと思います。コーナンで一袋580円。 2024.1

六枚目〔メモ帳・青〕

リンゴにしたら食べました。二個!

ところで、この本を借りているのは私たち二人だけみたいです。うしろの貸出日のはんこ、ずっと交互に並んでいます。図書館の人にばれたら怒られるかな。 3/3

七枚目〔予約票の裏・鉛筆。いつもより字が大きい〕

ばれてもいいでしょう。悪いことはしていない。

こちらは定年になって二年です。燻製は外でやれと妻に言われています。外でやっています。 2024.5.18

八枚目〔メモ帳・青〕

奥さまの言うとおりだと思います。

来月、夫の転勤で広島に引っ越します。広島の図書館にこの本があるか調べたら、ありませんでした。

最後にししゃもをやりました。頭から食べられます。中華鍋の人もぜひ。チーズを冷凍する話が、いちばん役に立ちました。 8/30

九枚目〔予約票の裏・鉛筆〕

ししゃも、やりました。

日付はなかった。その下に何か書きかけて、消しゴムで消したあとがある。紙を斜めにして電気スタンドに透かしてみたけれど、読めたのは「広島」の「広」と、ひらがなの「も」が一つだけだった。「も」ではなくて「を」だったかもしれない。

本のいちばんうしろには、貸出日のはんこを押す紙が貼ってある。紫のはんこが三十いくつ並んでいて、最後は二〇二四年十月十一日。その下は空いていて、紙の右上に、青い字で「除籍」と押してあった。

燻製はやったことがない。中華鍋もない。プロセスチーズを一個買ってきて、とりあえず冷凍庫に入れた。

#眠れない夜に読む話 #大切な人に会いたくなる話

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