天文部の最後の部員
高校の天文部は、わたしが入部したとき、部員が一人しかいなかった。三年の先輩だけ。
「来年、新入部員が二人入らなかったら廃部だね」と先輩は言った。部員三人未満で廃部、という校則があった。
先輩は、星の話になると止まらない人だった。毎週金曜の夜、屋上に望遠鏡を出して見せてくれた。土星の輪。木星のしま。アンドロメダ銀河は、正直、ぼんやりした綿ぼこりにしか見えなかった。そう言ったら先輩は「二百五十万年前の光だよ」と言った。二百五十万年前の綿ぼこり。
先輩が卒業する日、部室の鍵をもらった。
「ごめんね、部、残せなくて」
「新入部員、集めます」
四月、ビラを作った。説明会をやった。観望会も企画した。来たのは二人で、二人とも「写真部と間違えました」と言って帰った。
五月に廃部が決まった。部室は、ボードゲーム同好会のものになった。
部室を片づけていたら、段ボールの底から古いノートが何冊も出てきた。天文部の活動日誌。一番古いのは四十年前。代々の部員が、観測の記録と、ひとことずつ書いていた。
「今日は曇り。何も見えず。カップ麺を食べて帰った」
「ハレー彗星、見えた! 見えた気がする」
「部長が望遠鏡のレンズに指紋をつけた。許さない」
最後のページは、先輩の字だった。
「後輩に土星を見せた。『ほんとに輪っかある』と言っていた。あるよ」
望遠鏡は、顧問の先生が理科準備室で預かってくれることになった。わたしは金曜の夜、先生に鍵を借りて、一人で屋上に上がりつづけた。部活じゃないので、違反かもしれない。先生は何も言わなかった。
一年たった春、廊下で一年生の女子に呼び止められた。
「金曜の夜、屋上で何か見てる人ですよね。窓から見えて。あれ、なんですか」
「望遠鏡」
「見ていいですか」
部は、もうない。
日誌は、わたしが持っている。新しいページに、書いた。
「後輩に土星を見せた。『ほんとに輪っかある』と言っていた」
先輩と同じことを書いた。その子が、同じことを言ったので。
読み終えて、どうでしたか