創作挑戦約2分

ジリリリ

息子が部屋から出てこなくなって二年たった。

高校を中退して、それからずっと自分の部屋にいる。ご飯はドアの前に置く。夜中にトイレと風呂に行く音だけがする。顔を合わせることはほとんどない。

妻は毎晩泣いていた。私は何もできなかった。何を言っても追いつめる気がした。実際、一回だけドア越しに「いつまでそうしてるんだ」と言ったら壁を殴る音がして、それからは何も言っていない。

ある日押し入れを整理していたら、古い目覚まし時計が出てきた。

息子が小学生のとき使っていたやつだった。朝起きられない息子のために私が買った、ベルが二つついてジリリリと鳴る昔ながらの時計だ。息子は「うるさい」と文句を言いながら六年間使った。

電池を入れたら動いた。ドアの前に置いて、メモをつけた。

「使わなくていい。置いとくだけ」

次の朝、時計はそのままドアの前にあった。次の日も、一週間後も、一か月後も。

二か月たったある朝の六時、息子の部屋からジリリリと音がした。

布団の中で息が止まった。音はすぐ止まって、息子は出てこなかった。

次の日も六時に鳴った。その次の日も。

一か月後、ベルが鳴ったあとに廊下を歩く足音がした。台所のほうへ行く。

台所に行ったら、息子が冷蔵庫の前に立っていた。二年ぶりに明るいところで見た顔だった。痩せて髪が肩まで伸び、ひげも生えていた。十九歳の顔だった。

息子はこっちを見ないで言った。

「……麦茶、ない」

麦茶は切れていた。

「作っとく」

会話はそこまでだった。息子は水道の水を飲んで部屋に戻った。

そこから少しずつ変わった。朝ごはんを一緒に食べるようになり、散歩に出るようになり、通信制の高校に入り直した。去年、大学に受かった。

一人暮らしを始める日、息子は段ボールにあの目覚まし時計を入れていた。

「まだ使うのか、それ」

息子は時計を段ボールの奥に押しこみながら言った。

「あれ、毎朝鳴らしてたの、起きるためじゃないから」

「じゃあ、何のため」

「……生きてるって、そっちに聞こえるように」

麦茶を作っておくのは、もう二年一日も欠かしていない。息子が出ていってからも、なんとなく。

#泣ける話 #眠れない夜に読む話

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