時間外窓口
日曜日の午後五時十分、市役所の裏口の時間外窓口に、二人連れが来た。
男は七十前後、紺のジャンパー。女は少し若く見える。ベージュのカーディガンの前をきっちり留めていた。二人は並んで歩いてきたが、窓口の前で、女が一歩下がった。
窓口の警備員の中野は、今年六十四になる。この仕事は三年目だった。時間外窓口では、出生届と死亡届と婚姻届と離婚届を預かる。中身は見ない。預かって、受付の日時を書いた紙を渡して、月曜に担当課に回す。それだけの仕事だった。
男が、茶封筒からA3の紙を出した。二つ折りになっていて、折り目の上に、ボールペンの細い字が並んでいた。
「これ、お願いします」
「お預かりします。中は月曜日に担当が確認しまして、不備があればご連絡がいきます」
中野はいつもの言い方をした。男はうなずいて、それから女のほうを振り返った。女は、窓口の横に貼ってある、ごみの分別カレンダーを見ていた。
「印鑑、要りますか」と男が言った。
「今は、なくても大丈夫です」
「そうですか」
男は、胸ポケットから出しかけていた印鑑のケースを、またしまった。黒いプラスチックの、ふたがバネで開くやつだった。
中野は受付票に日時を書いた。十七時十二分。それを男に渡すと、男はそれをしばらく見て、女に渡そうとした。女は手を出さなかった。男はそれを、茶封筒に戻した。
「あの」と女が言った。中野にではなく、男に言っていた。
「ガス、止めてきた?」
「止めた」
「元栓も?」
「元栓も」
女はうなずいた。それから、中野のほうを向いて、軽く頭を下げた。
二人は裏口の自動ドアを出た。中野は、窓口のガラス越しに見ていた。外は、雨が上がったばかりで、駐輪場の屋根から水が垂れていた。
駐車場の手前で、二人は立ち止まった。男が何か言って、右のほうを指さした。バス停の方角だった。女は首を振って、左のほうへ、駅の方角へ歩いていった。
男はしばらくそこにいた。それから、白い軽自動車に乗った。エンジンがかかって、ワイパーが一回だけ動いた。雨はもう降っていなかった。
車はすぐには出なかった。
中野は、受付簿に「離婚届 一件」と書いた。その下の行に、午後三時に来た出生届が一件、書いてあった。
車が出ていったのは、五時半を少し過ぎてからだった。右に曲がった。バス停のあるほうだった。
読み終えて、どうでしたか