創作動物約3分

帰舎時刻

午前七時、岩手県北上市の河川敷で鳩が放たれた。三百九十六キロ離れた栃木県小山市では、宮内孝が屋根の上の鳩舎の前で、折りたたみ椅子を広げた。

鳩舎は二階建ての家の屋根に載っている。トタンと金網でできた三畳ほどの小屋で、正面に出入り口の小さな窓がある。窓の内側には、通ると足環の番号を読みとる板が敷いてある。読みとった時刻は、宮内の膝の上の小さな機械に出る。

今日のレースに出したのは六羽。どれも今年の春に生まれた若い鳩だ。

宮内はラジオをつけ、すぐに消した。水筒の麦茶を一口飲んだ。

十二時三十八分、最初の一羽が西の空から降りてきた。屋根の上を一度大きく回り、出入り口の板に足をついて、中へ入った。機械が鳴った。宮内は時刻を手帳に書いた。分速にして千百七十メートル。

十二時五十一分に二羽目。一時十四分に三羽目と四羽目が並んで入った。

二時を過ぎたころ、妻の和子がはしごの下から皿を差し上げた。おにぎりが二つ、ラップにくるまれていた。具は梅と鮭だった。宮内は梅のほうを食べ、鮭は膝の上に置いた。

三時四十分に五羽目が入った。羽が少し乱れていた。宮内は金網越しにしばらく見てから、水入れの水を替えた。

残りは一羽。足環の番号は1427。右の風切羽に一枚だけ白い羽が混じっている。五月の訓練で、ほかの鳩より先に帰ってきたことが二度あった。

四時半、鳩の会の会長から電話が来た。

「そっちはどうだ」

「五羽」

「今日はどこも悪い。福島の山のほうで雲が出たらしい。半分帰ってないところもある」

「そうか」

「タカも出てる。まあ、明日の朝まで待ってみな」

電話を切ると、宮内は鮭のおにぎりのラップをはがし、半分食べて、また包んだ。

五時を過ぎると、西の空が赤くなった。電線にムクドリが集まりはじめた。隣の家の小学生が自転車で帰ってきて、屋根を見上げた。

「おじさん、まだ?」

宮内は片手を上げた。小学生は少し見ていたが、母親に呼ばれて家に入った。

六時十分、日が沈んだ。鳩は暗くなると飛ばない。宮内はそれを知っている。それでも椅子をたたまなかった。

六時半、和子がはしごの途中まで上がってきた。

「ごはん、どうするの」

「食う」

宮内は立ち上がり、鳩舎の電球をつけた。出入り口の窓は開けたままにした。板の上に、麻の実をひとつまみ置いた。それからもうひとつまみ置いた。

はしごを下りる前に、もう一度北の空を見た。空はもう、どこが北なのか分からないくらい暗かった。

鳩舎の中で、五羽のうちのどれかが、くう、と喉を鳴らした。

#眠れない夜に読む話 #大切な人に会いたくなる話

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