創作見知らぬ人約2分

終電のベンチ

五十社目のお祈りメールが来たのは、最終面接の帰りだった。

駅のホームのベンチでそのメールを開いて、そのまま動けなくなった。終電の案内が流れてドアが閉まり、電車が出ていった。乗らなかった。乗れなかった、のほうが近い。

リクルートスーツのままベンチで泣いた。声は出さないようにしていたけど、たぶん出ていた。

「お客さん、終電出ちゃいましたよ」

顔を上げると年配の駅員さんが立っていた。五十代後半くらいで、帽子のつばがちょっと曲がっていた。

「すいません、すぐ出ます」

立とうとしたら足に力が入らなかった。パンプスで一日歩きまわって、かかとの皮がむけていたのだ。駅員さんはなぜか私の隣に座った。

「就活?」

うなずいた。

「何社目?」

「……五十」

駅員さんは「五十かあ」と言って自販機のほうを見た。

「この駅、三十年いるんだけどね。毎年この時期になると、そのベンチにうずくまってる子がいるの。スーツで。なんでかみんなそのベンチなんだよ。端っこのやつ」

私が座っているのは端っこのベンチだった。

「みんな、どうなったんですか」

「知らない」

即答だった。

「知らないけど、たまに声かけられるよ。何年かして。『あのときベンチにいた者です』って。ちゃんとした顔になってて。こっちは覚えてないんだけどね、正直」

駅員さんは立ち上がって自販機で何か買い、戻ってきた。ホットのコーンポタージュだった。なんでコーンポタージュ。

「粒、最後まで出ないから。缶の口のとこへこませて飲むといいよ」

それからタクシー乗り場まで一緒に歩いてくれた。改札の外で「気をつけて」と言って、駅に戻っていった。

半年後に内定をもらった。五十八社目だった。

入社三年目の春、仕事であの駅を通った。夜の十一時すぎで、ホームの端っこのベンチにリクルートスーツの男の子が座っていた。下を向いて肩がふるえていた。私は自販機でホットのコーンポタージュを買った。

「粒、最後まで出ないから」

男の子はぽかんとした顔で私を見た。

少し離れたところにあの駅員さんがいた。帽子のつばはまだ曲がっていた。私のことはたぶん覚えていない。目が合ったので会釈すると、駅員さんはよくわからないという顔のまま会釈を返した。

#元気が出る話 #眠れない夜に読む話

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