だし巻き卵
大学のころ、僕たちは三人組だった。僕と健二と亮。
卒業してからも、毎年十二月の第二金曜には同じ居酒屋で飲んだ。新宿の地下にある「とり蔵」。四人がけの席に三人で座って、空いた椅子にコートを積んだ。
十年目の秋に亮が死んだ。心臓だった。三十二歳。
その年の十二月、健二と二人でとり蔵に行った。行くかどうか、二人ともLINEで聞かなかった。第二金曜の七時に、ただ店の前で会った。
いつもの四人席に通された。二人で座ると空いた椅子が二つになって、コートを積んでも一つ余った。
「広いな」と健二が言った。
店員の女の人がおしぼりを三つ持ってきた。二人です、と言うと、その人は首をかしげた。
「亮さん、今日は遅れてくるんですか」
名前を覚えられていた。亮は毎年いちばん大きい声で注文していたからだ。「だし巻き! 甘いほう!」と座る前に叫ぶのが恒例だった。
健二が事情を話した。店員さんは「そうですか」とだけ言って頭を下げ、戻っていった。
しばらくして、頼んでいないだし巻き卵が出てきた。甘いほうだった。
「店長からです」
僕たちはそれを空いた椅子の前に置いた。ビールを三つ頼んで、一つをその横に置いた。乾杯のとき、健二がその一つにもグラスを当てた。カチン、と鳴った。
だし巻きは誰も手をつけないまま冷めていった。
閉店近くになって健二が言った。
「……食う?」
「食うか」
冷めただし巻きを二人で半分ずつ食べた。甘かった。亮はこれをほとんど一人で食べていた。僕は本当は甘いのがあんまり好きじゃない。十年間言わなかった。
それから第二金曜にはとり蔵に行く。店員さんは何も聞かずにおしぼりを三つ持ってくる。だし巻きは、いつの間にか注文しなくても出てくるようになった。伝票にはちゃんとついている。
今年で七回目になる。健二は子どもが二人になり、僕は転職して、とり蔵は去年リニューアルして壁紙が変わった。
最後にだし巻きを半分ずつにするとき、健二は決まって同じことを言う。
「これ、甘すぎない?」
「甘すぎる」
二人とも、甘いほうが苦手だった。
読み終えて、どうでしたか