一万二千歩
台所のカレンダーには、毎日の欄に数字が書いてある。
一二〇四八。一一九七六。一二二一〇。
コテツが二歳の年のカレンダーだ。赤毛の柴犬で、尻尾の巻きがゆるい。朝六時に起こされて、貯水池を一周して帰ってくると、腰につけた歩数計はだいたい一万二千歩になっていた。私は二十歳で、朝が苦手で、毎朝文句を言いながら歩いた。数字を書くのは、歩いた証拠を残しておかないと割に合わない気がしたからだ。
十四年ぶんのカレンダーは、捨てずに押し入れの箱に入れてある。
五歳の年は一万歩前後。七歳で九千。池の向こう側の、坂のある道をコテツが嫌がるようになった。十歳の年は六千台で、引き返す場所が橋の手前になった。十二歳で四千。十三歳の冬は三二〇〇。
去年の春からは、カレンダーの数字が三桁になった。
四一二。三八〇。四〇五。
家を出て、角の郵便ポストまで行って、帰ってくる。ポストの前でコテツは一回座って、私の顔を見る。帰ろうか、と言うと、ゆっくり立ち上がる。
獣医さんには「もう、本人が歩きたいだけでいいですよ」と言われた。本人という言い方がおかしくて、帰り道に一人で笑った。
十月の雨上がりの夕方だった。
ポストの前でコテツは座らなかった。
私が引き返そうとリードを引くと、足を突っぱって動かない。顔は池のほうを向いていた。もう三年行っていない道だ。
「行くの?」
返事のかわりに一歩出た。
それから二時間かけて、私たちは貯水池を一周した。
コテツは五十歩ごとに止まった。止まると私も止まって、空を見たり、靴ひもを結び直したりした。池の向こう側の坂の下で、コテツは長いこと立っていた。坂を見上げて、鼻をひくひくさせて、それから一段ずつ上った。私は後ろから腰を支えた。手のひらに骨が当たった。
坂の上には、昔コテツがいつも水を飲んだ水飲み場がある。蛇口をひねるとまだ水が出た。コテツは舌を三回動かして、尻尾を一回振った。巻きはもうほとんどなかった。
家に着くころには外は暗くなっていた。
歩数計を見た。一一八四二。
私は台所で、カレンダーの今日の欄に数字を書いた。久しぶりの五桁は欄からはみ出した。
その夜、コテツはいつもの毛布の上で、いつもより深く眠った。夜中に一度だけ足が走るみたいに動いた。私は横に座って背中に手を置いていた。
朝になってもコテツは起きなかった。
あれから半年たつ。
押し入れの箱には、十四年ぶんのカレンダーが入っている。最後の一枚だけは、まだ台所の壁にかけたままだ。十月の欄にはみ出した五桁がある。
日曜の朝は六時に目が覚める。
私は歩数計を腰につけて、靴をはいて、ひとりで貯水池まで歩く。坂の上の水飲み場で、蛇口を一回ひねって、すぐ閉める。帰ってきて、カレンダーの裏に数字を書く。
今朝は一二〇三一だった。
読み終えて、どうでしたか