創作家族約2分

塩むすびの味

母が死んだのは、私が十歳の春だった。

父は料理がまったくできない人で、最初の一週間で卵焼きを四回焦がし、味噌汁に顆粒だしを大さじで入れた。結局、朝ごはんはおにぎりだけになった。具はない。塩だけ。父の手が大きすぎて、三角にしようとしても台形みたいになった。のりは湿って、たいてい一か所破れていた。

それが高校を出るまで、八年続いた。

中学のとき、友達の弁当を見て恥ずかしくなった。ミートボールとか、ブロッコリーとか、タコの形のウインナーとか。私は台形のおにぎりの包みを開けずに、帰り道の公園のゴミ箱に捨てるようになった。週に二回くらい。最初は罪悪感があったけど、そのうちなくなった。

父は気づいていたと思う。持って帰った包みがきれいすぎたから。何も言われなかった。

東京に出て、コンビニのおにぎりを食べるようになった。鮭、明太子、ツナマヨ、百四十円前後。どれもおいしい。三角もきっちりしている。

去年、父が脳梗塞で倒れた。

病院に駆けつけると、父はもう意識があって、ベッドの上で看護師さんに「娘です」と私を紹介した。右手が少し動きにくくなっていた。

退院の前の日、ナースステーションで荷物を受け取ったとき、若い看護師さんに言われた。

「お父さん、毎朝売店で塩むすび買ってましたよ。ほら、あの具なしのやつ。娘が好きだったから、って」

好きだったことなんか一度もない。

でも、訂正しなかった。

退院した日、実家の台所に立った。父の炊飯器は、私が高校生のときと同じやつだった。内釜のコーティングがはげている。ご飯をよそって、塩をふって、手のひらで包んだ。

熱かった。思ってたより、ずっと。

「あちっ」と言ったら、居間のほうから父が「水つけろ」と言った。

手を水で濡らして、もう一回握った。台形になった。父のと同じ形だった。

父は動きにくいほうの手で皿を押さえて、おにぎりをかじった。しばらくもぐもぐしてから、

「塩、多いな」

と言った。

「お父さんのも多かったよ」

「そうか」

「毎日しょっぱかった」

父は何か言いかけて、やめて、もうひと口かじった。のりが破れて、ご飯粒が皿に落ちた。

#泣ける話 #大切な人に会いたくなる話

読み終えて、どうでしたか

保存する・アプリで読む LINEで送る

アプリでは、毎日新しい物語が届きます。

この話を読んだ人におすすめ

9
創作家族約2分

最後のキャッチボール

野球を嫌いにさせた父が、病院の中庭で言ったこと。

4
創作家族約2分

半分の歩幅

息子の顔を忘れた父と、毎朝歩く川沿いの道。

2
創作家族約2分

送信されなかった下書き

母の古い携帯に残っていた、七年前の夜の下書き。

94
実話実話約2分

はやくきてくだされ

字を知らなかった母が、アメリカの息子・野口英世に書いた手紙。

31
創作動物約2分

五時十分の玄関

父が帰ってくる時間に、老犬は玄関で待ちつづけた。

30
創作友情約2分

だし巻き卵

三人組の一人がいなくなってからも、年末の居酒屋で頼みつづけるもの。