第八幸栄丸
じいちゃんの船は「第八幸栄丸」という。第一から第七は、ない。じいちゃんに聞いたら、「八は末広がりたい」と言うた。第一から全部乗ってきたわけじゃなかとね、と聞いたら、「一隻目から八番」と言うた。意味がわからんかった。
じいちゃんは八十六で、去年の冬に港の岸壁で転んで、足の骨にひびが入った。それで、ばあちゃんと、うちの母と、伯父さんで話し合うて、船ば売ることになった。じいちゃんは、話し合いに呼ばれんかった。呼ばれんかったけど、台所で茶を飲みながら全部聞いとった。
買い手は、隣の漁協の若か人で、三十過ぎの、日焼けした人やった。船は、エンジンを積みかえれば、あと十年はいけるらしか。値段は聞いとらん。母は「思うたより安か」とだけ言うた。
引き渡しの朝、わたしは有給をとって、長崎から車で帰った。港に着いたのは六時半やった。
じいちゃんは、もう船に乗っとった。杖を岸壁に置いたまんま、どうやって乗ったとか、誰も見とらんかった。操舵室の中で、窓ガラスを雑巾で拭きよった。
「じいちゃん、危なかって」
「いっちょん危なくなか」
雑巾は、ばあちゃんの古か肌着やった。
じいちゃんは、それから一時間くらい、船じゅうを拭いた。舵輪を拭いて、計器を拭いて、魚群探知機の画面を拭いて、ロープの結び目をひとつひとつ確かめよった。わたしは岸壁から見よった。手伝おうか、と言うたら、「よか」と言われた。
買い手の人が来たのは、七時半やった。軽トラで来て、降りて、じいちゃんに頭を下げた。じいちゃんは操舵室から出てきて、何か言うた。聞こえんかった。風が強かった。
それから、じいちゃんは船の上で、買い手の人にいろいろ説明しはじめた。どこのボルトがゆるみやすいとか、冬はエンジンのかかりが悪かけん何秒回すとか、魚群探知機は右の端が映らんけど気にするなとか。買い手の人は、メモ帳を出して、ぜんぶ書きよった。途中で、じいちゃんが「そげんことは書かんでよか」と言うたけど、書きよった。
最後に、じいちゃんは、操舵室の天井から何かを外した。小さか、白か布の袋やった。お守りやった。
じいちゃんはそれを、買い手の人に渡そうとした。買い手の人は、両手を振った。
「それは、持っとってください」
「持っとっても乗らんけん」
「でも」
じいちゃんは、袋を、買い手の人の胸ポケットにねじこんだ。買い手の人は、そのまま、深く頭を下げた。
じいちゃんが船から降りるとき、わたしは手を貸した。じいちゃんの手は、ざらざらで、雑巾の水で冷たかった。岸壁に足をついて、杖を拾って、じいちゃんは一回も振り返らんで軽トラの横を通りすぎて、家のほうへ歩いていった。
わたしは、残った。
第八幸栄丸は、九時に出ていった。買い手の人の港まで、船で回していくらしかった。エンジンの音が、じいちゃんが乗っとったときより、ちょっと高かった。気のせいかもしれん。
家に帰ったら、じいちゃんは縁側で寝とった。ばあちゃんが、「朝の四時から起きとったけん」と言うた。
縁側の横に、ばあちゃんの肌着の雑巾が、きちんと干してあった。
読み終えて、どうでしたか