八百メートル
高校の陸上部で、僕と拓也は八百メートルのライバルだった。
ベストは、僕が二分〇一秒二、拓也が二分〇〇秒八。〇・四秒差。勝ったり負けたりで、通算成績は十一勝十三敗で僕の負け越し。三年の最後の大会で決着をつける、と二人で決めていた。決めていた、というか、拓也が勝手に言い出して、僕が「はいはい」と言った。
二年の冬、拓也がバイクの事故に遭った。命は助かったが、下半身にまひが残った。
一か月、見舞いに行けなかった。何を言えばいいのかわからなかった。やっと病院に行ったら、拓也は車いすで窓の外を見ていた。僕を見るなり、「おせえよ」と言った。
「最後の大会、どうすんの」と拓也が聞いた。
「出ないよ。おまえいないし」
言った瞬間、拓也の顔が変わった。見たことのない顔だった。
「ふざけんな。決着つけるって言っただろ」
「どうやってつけんだよ、おまえ走れないのに」
言ってから、しまった、と思った。
拓也はしばらく黙って、それから言った。
「おまえが二分切ったら、おまえの勝ち。切れなかったら、おれの勝ち。そんで通算十二勝十三敗か、十一勝十四敗」
算数が正確すぎて、ちょっと笑ってしまった。
三年の夏、県大会の予選。スタンドの一番前に、車いすの拓也がいた。ユニフォームのシャツを着てた。なぜか僕のじゃなくて、拓也自身のやつ。
号砲。最初の四百は、六十秒ちょうど。いいペースだった。残り二百で、足が急に重くなった。前のやつに離される。二分は無理だ、と思った。
そのとき、スタンドから声がした。何千人の声の中で、なぜかはっきり聞こえた。
「十一勝十四敗でいいのかよ!」
意味わかんねえ、と思った。思いながら、腕を振った。最後の直線、何も考えてなかった。
電光掲示板を見上げた。
一分五十九秒七。
予選は通過できなかった。組で五着だった。でもスタンドを見たら、拓也が両手を上げていた。負けたくせに、誰より喜んでいた。
帰りのバスで、拓也からLINEが来た。
「十二勝十三敗。まだおれの勝ち越しな」
一個だけ勝ち越されたまま、僕は陸上をやめた。拓也は今、車いすバスケをやっている。こないだ試合を見に行ったら、ファウルを五回して退場していた。
読み終えて、どうでしたか