三十一通
小六の二学期、健太が転校した。お父さんの仕事で、北海道の旭川に。
健太はクラスの人気者だった。足が速くて、声がでかくて、給食の牛乳を鼻から出す芸ができた。僕は逆で、健太がいなかったらクラスで話す相手がいなかった。
最後の日、健太は「じゃあなー」と言って、普通に帰っていった。拍子抜けするくらい普通だった。僕は泣かなかった。泣いたら健太がめんどくさがると思った。
次の朝、教室に行くと、健太の机がまだ置いてあった。先生が片づけ忘れたんだろうと思った。
休み時間に、女子の一人が健太の机の中をのぞいて、「なんかある」と言った。
手紙だった。封筒じゃなくて、ノートを破って四つ折りにしたやつ。三十一通。表にそれぞれの名前が書いてあった。字が汚すぎて、何人かは自分の名前だと気づくのに時間がかかった。
僕の分もあった。
「おまえはさ、自分のことくらいって言うけど、おれはおまえとしゃべるのが一番らくだった。おまえ、人の話ちゃんと聞くじゃん。みんなそれ知らないだけ。おれいなくなったら、おまえから話しかけろ。たぶんへいき。たぶん」
「たぶん」が二回書いてあった。自信なさすぎだろ。
教室のあちこちで、みんな手紙を読んでいた。泣いてる女子もいた。男子は笑ってた。「おれへの手紙、給食のプリンのことしか書いてねえ」と言ってるやつがいた。
僕は、勇気を出して、隣の席の山口に話しかけた。ほとんどしゃべったことのないやつ。
「健太の手紙、なんて書いてあった?」
山口は一瞬びっくりして、それから手紙を見せてくれた。
「あいつ(僕の名前)、自分から来ないから、おまえから話しかけてやって。あいつおもしろいから。たぶん」
ここにも「たぶん」。
健太は、たぶん、クラスの何人かの手紙に、僕のことを書いていた。何人に書いたのかは、今も知らない。聞いて回るのはさすがに恥ずかしかった。
卒業するまで、僕はひとりにならなかった。
卒業式の日、旭川の健太に初めて手紙を書いた。「話しかけた。へいきだった」
一週間後に返事が来た。ハガキだった。
「知ってる。山口から聞いた。あと、こっちは雪がやばい。マイナス二十度」
写真がついていた。健太が、凍ったタオルをバットみたいに持っていた。
読み終えて、どうでしたか