ツケの紙
二十代のころ、おれは売れないお笑い芸人だった。
相方と二人、高円寺のアパートに住んで、毎晩のように近所の定食屋に通った。「たつみ食堂」。頼むのはいつも一番安い納豆定食、四百八十円。それも払えない日は、親父が「ツケとくよ」と言ってくれた。
ツケは壁に貼られた紙に書かれていった。「コンビ ○○(うちのコンビ名) 480」「480」「960」。紙が一枚では足りなくなって、二枚目に突入した。最後に見たときは、四万二千円だった。
三十一で、相方が実家の工務店を継ぐことになった。おれも辞めた。
最後の日、二人で定食屋に行った。今日こそ払おうと、二人でかき集めた二万円を封筒に入れて。足りないけど、残りは分割で、と言うつもりだった。
壁の紙がなかった。
「親父さん、ツケの紙は」
親父は焼き魚をひっくり返しながら、振り向きもせずに言った。
「燃やした」
「は?」
「去年の夏かな。夜中に店のテレビつけっぱなしにしてたら、おまえらが出てきた。深夜の、誰も見てないようなやつ。二分くらい」
その番組は覚えている。オーディション番組の、予選落ち組のダイジェスト。ネタの途中で切られていた。
「あれ、笑ったんだよ。一人で。店閉めたあとで。久しぶりに声出して笑った。それでもう、いいやと思って」
相方が「え、でも」と言いかけた。親父は「うるせえ、座れ」と言った。
納豆定食が二つ出てきた。いつもと同じ味だった。相方は泣きながら食べて、納豆をテーブルにこぼした。おれは泣かなかった。泣かなかったことにしている。
封筒の二万円は、結局受け取ってもらえなかった。帰りぎわ、こっそりレジの横に置いて出た。
次の日、相方の実家に宅配便が届いたらしい。中身は、二万円と、たつみ食堂のマッチと、メモ一枚。
「ツケは燃やしたって言っただろ。燃やしたもんに払うな」
あれから十二年。おれは会社員をやりながら、週末だけ地元の商店街のイベントで司会をしている。子どもたちが笑うと、たまに、あの店のテレビのことを思い出す。
たつみ食堂は、おととし閉まった。最後の日に行ったら、常連で満席だった。親父はおれを見て言った。
「おまえ、まだ誰か笑わせてんのか」
「商店街のじゃんけん大会の司会です」
親父は大笑いした。
「じゃあ完済だ」
読み終えて、どうでしたか