一行日記の四年目
日記は一行と決めている。
五年日記というのがあって、一ページに同じ日付の欄が五年分並んでいる。一つの欄は四行ぶんくらいしかない。そこに一行だけ書く。二行書きたい日もあるけれど書かない。
始めたのは二十九歳の春で、会社を辞めた月だった。何もしていない日が続くと、その日があったことすら忘れてしまいそうで、何か残したかった。
最初の一年は、ほとんど同じことを書いた。
四月三日 ハローワーク。
四月四日 ねむい。
四月五日 ねむい。雨。
二年目は少しずつ字が増えた。新しい仕事が決まって、覚えることが多かった。
六月十一日 課長の名前をまた間違えた。サトウではなくサイトウ。
三年目に今の人と付き合い始めた。
十月二十日 ラーメン。二人ともチャーシュー抜きを頼んだ。
四年目の今、同じページを開くと、四つの年が縦に並んでいる。
九月三十日の欄はこうだ。
一年目 ねむい。
二年目 エクセルの関数を一つ覚えた。VLOOKUP。
三年目 台風。窓にガムテープ。
四年目 (まだ)
一行しかないから、そのときの気持ちはほとんどわからない。二年目の自分がVLOOKUPを覚えてどれくらい嬉しかったのか、もう思い出せない。でも嬉しかったから書いたのだろう。どうでもよかったら「ねむい」と書いたはずだ。
数えてみたことがある。四年分で、いちばん多かった言葉は「ねむい」で、八十九回あった。二番目が「雨」で三番目が「ラーメン」だった。
人に話すと笑われる。四年かけてそれか、と言われる。
でも、「ねむい」と書いた日は、少なくとも寝る前に日記を開いた日だ。何もなかった日にも、ペンを持つところまではいった。そういう日が八十九回あった。それを数えられるのは書いたからだ。
今夜の一行はまだ決めていない。
ねむいかもしれない。
読み終えて、どうでしたか