創作挑戦約3分

カツ丼二・五キロ

先に言っとくと、食べきれなかった。なのでこれはそういう話じゃない。

商店街の端っこに「まるやま食堂」っていう定食屋がある。じいちゃんとばあちゃんの二人でやってて、昼は作業着の人でいっぱい、夜は六時で閉まる謎の店。そこの壁に、チャレンジメニューの紙が貼ってある。

「特盛カツ丼 2.5kg 30分以内完食で無料! 写真を壁に貼ります 失敗の方は2,800円」

壁には写真が十一枚。全員でかい。一人だけ女の人がいて、その人がいちばん笑顔だった。

俺は高二で、身長百七十一、体重五十二キロ。七月に野球部を辞めてから、放課後がまるごと空いている。辞めた理由は長くなるから省略する。健斗に「お前ぜったい無理」って言われて、ぜったいって言われるとやりたくなる性格を、俺はこの日はじめて自覚した。

土曜の十一時、開店と同時に入った。ばあちゃんが「本当にやるの」と三回聞いた。じいちゃんはキッチンタイマーを出してきた。百均のやつで、ブタの形をしていた。

運ばれてきたのは丼じゃなかった。洗面器だった。ラーメン屋の寸胴の蓋くらいのサイズで、カツが六枚、卵でとじて、その下に米がどれくらいあるのか見えない。湯気で前髪が濡れた。

健斗がスマホで動画を回しはじめた。

0分。カツから行く派か米から行く派かで二秒迷って、カツから行った。うまい。普通にうまい。これが無料になるなら毎週来たい、と思っていた。

6分。カツ二枚終了。米が見えてきた。米はつゆがしみてて、それもうまい。健斗が「いけるんじゃね」と言った。俺もちょっとそう思った。

11分。カツ四枚終了。ペースが落ちた。水を飲むと腹がふくれるから飲むなとネットに書いてあったのを思い出して、飲まなかった。代わりに唇がかさかさになった。

15分。ブタのタイマーの顔がこっちを見ている気がした。米の層が終わらない。掘っても掘っても米。地層みたいに、つゆのしみた層としみてない層が交互に来る。しみてないほうがきつい。

19分。最後のカツ。正直、もうカツは見たくない。玉ねぎだけ先に食べたら、ばあちゃんが「玉ねぎ好きなの」と聞いてきた。好きじゃない。軽いから食べただけだ。

22分。手が止まった。箸を持ったまま、残りを見た。たぶん四百グラムくらい。普通の牛丼の並くらい。並なら俺はいつも三分で食う。並なのに、無理だった。

じいちゃんが厨房から出てきて、腕を組んで俺の洗面器をのぞいた。何か言うのかと思ったら、何も言わないで戻っていった。

24分。もう一口いったら出る、と体が言った。箸を置いた。

ブタが鳴ったのは、それから六分後だ。俺はそのあいだ、ずっと残りの米を見ていた。

二千八百円。財布には千四百円しかなかった。健斗が残りの千四百円を出した。「動画バズったら返せ」と言われた。バズらなかった。再生数は二百十一回で、たぶんほとんど健斗が見ている。

会計のとき、ばあちゃんが残りをプラスチックのパックに詰めてくれた。輪ゴムを二重にかけて、ビニール袋に入れて、「代金のうちだから」と言った。

帰って母さんに「晩ごはんは?」と聞かれて、「いらない」と言った。母さんは俺の顔とビニール袋を見て、それ以上何も聞かなかった。パックは冷蔵庫の、牛乳の横に入れた。

次の日の朝、冷えたカツ丼を食べた。

三口で飽きた。でも四口目も食べた。

#くすっと笑えていい話 #元気が出る話

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