壁当て
高校の野球部で、三年間一回も公式戦で勝ったことがなかった。
控えの投手だった。登板は、大差がついた負け試合の終盤だけ。そして毎回打たれた。チームメイトには「おまえが投げると負ける」と言われていた。半分冗談で。半分本気で。
三年の夏、最後の大会。エースの活躍で、一回戦、二回戦と勝った。
三回戦。延長十二回の裏。エースが、肩を押さえてマウンドにしゃがみこんだ。
監督がベンチを見回した。僕の名前を呼んだ。
「え」
チームメイトも「え」という顔をした。でも、ほかに投げられる人がいなかった。
二アウト、二塁。一本打たれたら、サヨナラで終わり。
マウンドに立ったら、足がふるえた。スタンドの声が、遠くで鳴っていた。
キャッチャーの大西が、マウンドに来た。
「おまえさ、朝練の前に、毎朝一人で壁当てしてただろ。体育館の裏で」
見られていた。一年のときから、ずっと。誰にも言っていなかった。
「あの壁、へこんでるからな。おまえのスライダーで。用務員さんが困ってた」
「……まじで」
「まじで。だから投げられる。たぶん」
大西は、たぶん、と言ってホームに戻った。
一球目、ボール。二球目、ボール。三球目、ファウル。
四球目。スライダー。壁に何千球も投げた、あの球。
バットが空を切った。
五球目。同じ球。
打者は見逃した。審判の右手が上がった。
スタンドが揺れた。僕は、どうしていいかわからなくて、マウンドに立ったまま、グローブで顔をかくした。
チームは十三回に勝ち越して、勝った。僕の、公式戦初勝利だった。勝ち投手の記録になった。一人しか投げてないのに。いや、二人か。
次の試合で、チームは負けた。僕の高校野球は、そこで終わった。
卒業してから、一回、母校に行ったことがある。体育館の裏の壁は、塗り直されていた。へこみはなくなっていた。
近づいて、よく見たら、塗装の下に、うっすらへこみがあった。
読み終えて、どうでしたか