実話実話約2分

渋谷駅の秋田犬

大正十三年、一匹の秋田犬の子犬が、東京帝国大学農学部の教授、上野英三郎博士のもとにやってきた。名前はハチ。

博士は大の犬好きで、ハチをとても可愛がった。ハチは毎朝、博士を玄関や渋谷駅まで見送り、夕方になると駅まで迎えに行ったと伝えられている。

ハチが家に来て、わずか一年あまり。大正十四年五月、博士は大学で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

ハチには、それがわからなかった。

その後ハチはいくつかの家に預けられたが、やがて渋谷の近くで暮らすようになり、毎日のように渋谷駅に姿を見せた。夕方、電車が着くたびに、改札から出てくる人の顔を見つめた。何年も、何年も。

最初、周囲の人たちの目は優しくなかった。駅の近くをうろつく大きな犬は、邪魔者扱いされることもあった。

昭和七年、新聞がハチのことを記事にした。亡き主人を待ち続ける犬がいる。その話は全国に広まり、ハチは「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになった。駅を訪れる人々は、ハチに食べ物を持ってきたり、頭を撫でたりするようになった。

昭和九年には、渋谷駅前にハチの銅像が建てられた。除幕式には、年老いたハチ自身も参加したという。

昭和十年三月、ハチは渋谷の街の片隅で、静かに息を引き取った。十一歳だった。博士が亡くなってから、約十年が経っていた。

ハチの亡骸は、青山霊園にある上野博士の墓の傍らに、ひっそりと祀られた。

それからさらに八十年後の平成二十七年。東京大学農学部のキャンパスに、新しい銅像が建てられた。

帰ってきた博士に、ハチが前足をかけて飛びついている像だ。博士は、かばんを持ったままの格好をしている。

※史実をもとに再構成しています。

#泣ける話

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