先生の0点
小四の担任の先生の口ぐせは、「先生も子どものころはダメだったんだよ」だった。
算数ができない子には、「先生も九九の七の段が言えなかった」。逆上がりができない子には、「先生は六年までできなかった」。忘れ物が多い子には、「先生はランドセル忘れて学校来たことある」。
ランドセルを忘れて学校に来る方法がわからなかったけど、みんな笑った。そんな大人がいるなら、大丈夫だと思えた。
わたしはクラスで一番勉強ができなかった。テストはいつも一番下。先生は答案を返すたびに、わたしにだけ聞こえる声で言った。
「先生なんて、0点取ったことあるからね」
わたしはそれを信じて、少しずつやった。卒業するころには、平均点くらいは取れるようになった。
二十年たって、わたしは小学校の先生になった。
報告しようと思って、恩師の家を訪ねた。先生は定年して、奥さんと二人で暮らしていた。
居間に通されて、棚が目に入った。賞状が並んでいた。「全国小学生算数オリンピック 入賞」「県作文コンクール 最優秀」「市陸上大会 百メートル 一位」。全部、先生の名前。小学生のころの。
「先生、ダメな子だったんじゃないんですか」
先生はお茶を出しながら、頭をかいた。
「あー。あれ、うそ」
「全部?」
「七の段は言えた。逆上がりは一年でできた。ランドセルは忘れたことない」
「0点も?」
先生は、急にまじめな顔になって、棚の一番端を指さした。
賞状の列の端に、額に入った答案用紙が一枚あった。算数。0点。名前は先生の名前。
「これだけは本当。算数オリンピックの次の週。調子に乗って、名前書き忘れた。0点」
「名前書き忘れの0点ですか」
「0点は0点だ」
先生は胸を張った。
今、わたしのクラスにも、勉強が苦手な子がいる。その子に言う。
「先生も、子どものころテストで0点取ったことあるよ」
うそではない。本当に取った。小二の漢字テストで。名前はちゃんと書いた。
読み終えて、どうでしたか