創作家族約2分

ビリの理由

息子の翔太は足が遅い。幼稚園の年少から小三まで、かけっこは全部ビリだった。数えたら七回。

小三の運動会、八十メートル走。スタートの笛で、翔太は案の定、最初の十メートルで置いていかれた。私はビデオを構えたまま、なぜか息を止めていた。

半分くらいのところで、前の子が転んだ。膝から派手にいった。

翔太はその子に追いついて、止まった。止まって、手を出した。二人で立って、一緒に走って、一緒にゴールした。ビリとビリ。会場からは、わあっと拍手が起きた。

私は正直、ちょっと悔しかった。あのまま走っていれば、初めてビリじゃなかったのに。妻には言わなかった。言ったら怒られるのはわかっていた。

帰りにファミレスで、翔太に聞いた。

「なんで止まったの」

翔太はお子様ランチの旗をいじりながら、「だってさあ」と言った。

「転んだとき、みんな行っちゃうじゃん。あれ、けっこうやなんだよ」

「翔太、転んだことあるの」

「練習でめっちゃある。六回くらい」

知らなかった。翔太は家で運動会の話をほとんどしなかった。

「じゃあ、止まってくれた子いた?」

「いない」

翔太は旗をチキンライスに刺しなおして、それから急に、

「お父さんは? 転んだことある?」

と聞いた。

ある。小学校の四年のときだ。リレーのバトンを受けた瞬間に転んで、クラスで一番になれなかった。誰も止まらなかった。当たり前だけど。そのあと三日くらい学校に行きたくなかった。

「……ある」

「止まってくれた人いた?」

「いない」

翔太は「ふーん」と言って、ハンバーグを食べ始めた。それで話は終わった。

妻がストローをくわえたまま、私のほうを見ていた。何も言わなかった。

翌年の運動会、翔太はまたビリだった。今度は誰も転ばなかった。ゴールした翔太に向かって、私は名前を叫んだ。前にいた知らないおじいさんが振り向くくらいの声だった。翔太はテントの前を通るとき、手をぱたぱた振った。顔はふつうだった。ビリだし。

#心温まる話 #くすっと笑えていい話

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