チャンさんのメモ
コンビニの店長を十二年やっている。夜勤のシフトが埋まらないのは、どこの店でも同じだと思う。
チャンさんは、ベトナムからの留学生だった。うちに来たのは四年前の秋で、最初の一ヶ月はレジで「あたためますか」を「あたたまりますか」と言っていた。お客さんに聞かれて、おれも「あたたまります」と答えそうになった。
覚えるのは早かった。宅配便の受付、公共料金の払い込み、揚げ物のフライヤーの掃除。半年で、日本人の大学生よりちゃんと仕事をするようになった。
困ったことが一つだけあって、チャンさんは廃棄の弁当を持って帰らなかった。うちはオーナーの方針で、廃棄は持ち帰っていいことになっている。何度言っても「だいじょぶです」と笑うだけだった。
あるとき、夜勤明けのチャンさんが、自分で新品の弁当を買っているのを見た。のり弁、四百二十円。
「廃棄、持ってっていいんだよ。もったいないし」
「店長、ベトナムでは」と言いかけて、チャンさんは少し考えて、日本語を探した。「おかあさんが、すてるごはん、食べるな、いいます。すてるごはんは、神さまのぶん」
意味がちゃんとわかったわけじゃない。ただ、それ以来、おれは廃棄をすすめるのをやめた。
四年たって、チャンさんは大学を卒業して、国に帰ることになった。最後のシフトの日、おれは何か渡そうと思って、結局何も思いつかず、ホットスナックの割引券をまとめて渡した。帰国するのに。あとで気づいた。
チャンさんが帰ったあと、事務所のロッカーに、メモが一枚貼ってあった。
ボールペンで、日本語とベトナム語がまざっていた。
「店長へ
4ねんかん ありがとうございました
さいしょ、あたたまりますか、まちがえた。店長 わらわない。うれしかった
店長は まいにち のりべん かう
すてるごはん たべる、からだに よくないです
ちゃんと あたたかい ごはん たべてください
Cảm ơn anh. (ありがとう、にいさん)
チャン」
言われて気がついた。おれは毎晩、廃棄ののり弁を事務所で食べていた。温めずに。見られていたらしい。
その夜、おれは初めて、自分の店で売っている弁当を、ちゃんと金を払って買った。のり弁。四百二十円。レジの子に「あたためますか」と聞かれて、「お願いします」と言った。
電子レンジが回るのを待つあいだ、ちょっと笑いそうになった。
読み終えて、どうでしたか