創作別れ約2分

母の検索履歴

母が死んで一か月後、解約の手続きをするために、母のスマホを開いた。

暗証番号はわたしの誕生日で、一回目で開いた。そういうの、やめたほうがいいって何回も言ったのに。

ホーム画面には、使い方をよくわかっていなかったはずのアプリがいくつか並んでいた。天気とニュースとポイントのやつ、それから検索。何の気なしに検索の欄を押したら、履歴が出てきた。

「東京 一人暮らし 女 治安」

「娘 電話 出ない」

「30代 転職 大丈夫」

「上司 パワハラ 相談 どこ」

指が止まった。

三年前に東京で一人暮らしを始めて、二年前に転職して、去年は上司と揉めていた。どれも母には詳しく話していない。電話で「元気だよ」と言うだけだった。

母はわたしの声から何かを嗅ぎとっていたらしい。それで誰にも聞けずに、小さい画面に打ちこんでいた。老眼鏡をかけて。母は文字を打つのが遅くて、「パワハラ」を打つのに一分くらいかかったはずだ。

履歴はまだ続いていた。

「娘 うるさいと思われない 連絡 何回」

「LINE スタンプ 送り方」

「若い人 喜ぶ スタンプ」

去年から、母は急にスタンプを送ってくるようになった。変な顔の猫のスタンプ。一日に三回とか。わたしは既読だけつけて返さないことが多かった。

一番新しい検索は、入院する前の日だった。

「チーズケーキ 通販 誕生日 間に合う」

わたしの誕生日は、母が死んだ二週間後だった。

実家に行ったら、宅配便の不在票が入っていた。再配達を頼んだ。届いたのは、わたしが子どものころ好きだった近所のケーキ屋のチーズケーキだった。あの店が通販をしているなんて知らなかった。冷凍だったのでちゃんと食べられた。ちょっと甘すぎた。子どものころは、これがちょうどよかったのに。

母のスマホは解約していない。月々二千円ちょっと払っている。

たまに母のスマホから、変な猫のスタンプをわたしのスマホに送る。ピコンと鳴る。既読をつけるのはわたしだ。

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