百十二枚
祖母は年賀状を毎年百枚以上書いた。
全部、筆。宛名も文面も手書き。十二月に入ると、祖母の部屋は墨のにおいになった。一枚書くのに十分かかる。百枚で千分。祖母はそれを、毎年十二月一日から始めて、二十五日に終わらせた。一日も遅れたことがない。
九十を過ぎて、字がふるえるようになった。それでも枚数は減らさなかった。
「待ってる人がおるけんね」
その年の十一月に祖母は入院した。年が明けてから病院で亡くなった。
葬式のあと、祖母の部屋を片づけていたら、机の引き出しから年賀状の束が出てきた。
百十二枚。全部書き終わっていた。
日付を見て家族みんな黙った。前の年の十月に書いてあった。いつもより二か月早い。
文面は一枚ずつ違った。
「ことしもよろしく。膝はどうですか」
「いつも電話ありがとう。声が大きくて助かります」
「もう会えんかもしれんけど、あんたのことは覚えとるけん」
「借りた本、返してなくてごめんなさい。たぶん娘の家にあります」
最後の一枚は母宛てだった。
家族会議になった。出すか、出さないか。年はもう明けている。祖母は死んでいる。受け取った人はびっくりするだろう。
母が言った。「出そう。待ってる人がおるって言いよったやろ」
一枚ずつに付せんを貼った。「祖母は一月に亡くなりました。生前に書いていたものを、お送りします」。百十一枚をポストに入れた。二回に分けないと入らなかった。
一か月して返事が届きはじめた。三十通以上。
「最後まで年賀状、ありがとうございました」
「あの字を見て、泣きました」
「膝は、まあまあです」
一通だけ、宛名が祖母になっているのがあった。
「借りた本の件、了解しました。探さなくていいです。もう一冊買いました」
借りた本は本当に母の家にあった。『徒然草』の現代語訳。ほぼ読んだ跡がなかった。
母宛ての一枚はまだ母が持っている。なんて書いてあったのか、母は教えてくれない。一回聞いたら「字がふるえとって、読めんかった」と言った。たぶん読めてる。
読み終えて、どうでしたか