弁当箱の蓋の裏
娘の沙希が口をきかなくなって、三か月たった。
高校二年。何を聞いても「べつに」か「うざ」。夕飯は部屋に持っていく。廊下ですれ違うと、壁にぴったりくっついてよける。そこまでしなくても。
弁当だけは毎朝持っていった。無言で。
ある朝思いついて、弁当箱の蓋の裏にふせんを貼った。
「卵焼き、甘くしてみた」
返ってきた弁当箱は空で、ふせんはなくなっていた。捨てたんだろうと思った。
次の日も貼った。「ミニトマト三つ」。その次は「雨らしい 傘」。その次は「冷凍のグラタン、実験的に入れた。まずかったらごめん」。
一か月のあいだ毎日貼った。返事はなかった。空の弁当箱だけが、毎日流しの横に置いてあった。グラタンの日だけ少し残っていた。
ある晩、洗濯物をしまいに娘の部屋の前を通ったら、ドアがちょっと開いていた。机の上のコルクボードに、黄色いものがびっしり貼ってあるのが見えた。
ふせんだった。
日付順にきちんと並んでいた。私の字の横に、娘の字で小さく何か書いてある。
「甘いほうがいい」
「四つでもいい」
「傘なかった ぬれた」
「グラタンはない」
最後のは、赤ペンで二重線が引いてあった。
私は洗濯物を抱えたまま、しばらく廊下に立っていた。それから、そっとドアを閉めて台所に戻った。
グラタンはない、か。
翌朝もふせんを貼った。
「グラタンはもう入れません。ぬれたって書いてあったので、折りたたみ傘をかばんの外ポケットに入れました」
書いてから、これじゃ部屋をのぞいたのがばれる、と思った。でも書き直さなかった。
娘は何も言わずに弁当を持っていった。
その日、返ってきた弁当箱の蓋の裏に、ふせんが貼ってあった。私の字じゃないやつ。
「見たでしょ」
その下に、もう一行。
「ミニトマトは四つ」
読み終えて、どうでしたか