既読のまま二週間
駅前のクリーニング店の受付に立って十一年になる。ワイシャツ一枚百八十円、ズボン四百五十円、冬物のコートは千二百円から。値段はたいてい頭より先に口から出る。
指が止まっているのはスマホのほうだ。
二週間前、大学の同期の真知子からLINEが来た。夫の転勤で福岡に行って六年、こっちに戻ってくることになったという。長いメッセージだった。子どもの受験のこと、お母さんの膝のこと、あたらしい家の窓から川が見えること。最後に「また話そうね」とあった。
既読はすぐについた。私がつけた。
返事は書いた。書きかけを三回消した。真知子の長さに釣り合う返事をしようとすると、私も自分の六年ぶんを書かなければいけない気がした。その六年をどう書いたらいいかわからなかった。店長が二回替わったこと。息子が高校をやめて、いまは調理の専門学校に通っていること。どれも一行で書くと軽すぎて、三行で書くと重すぎた。
それで二週間たった。
火曜の朝九時半。開店してすぐに、近くの介護施設のポロシャツを着た男の人が、同じポロシャツを十二枚持ってきた。名札に「森」とある。毎週火曜に来る人だ。
伝票を書いているあいだ、森さんはスマホを打っていた。ちらっと画面が見えた。打っていたのは「了解です」の五文字だけで、送信して、すぐポケットにしまった。
「お忙しいですね」と言うと、森さんは笑った。
「既読つけたら、すぐ何か返すようにしてるんです。考えてると返さなくなるんで」
それから「十二枚、木曜でいけます?」と聞いた。いけます、と私は答えた。
森さんが出ていったあと、仕上がり札を十二枚ちぎった。ポロシャツの襟の裏に、ホチキスで一枚ずつ留めた。十二回、パチンと鳴った。
昼休み、バックヤードの丸椅子に座ってスマホを出した。
六年ぶんは書かなかった。
「おかえり。読んだよ。川が見える窓、いいね。話したいことがたまってる。来月お茶しよう」
送信を押してから、お弁当のふたを開けた。卵焼きを一切れ食べ終わる前にスマホが震えた。
真知子からだった。猫が両手を上げているスタンプが一つ。そのあとに「するする! いつ空いてる?」。
私は卵焼きの二切れ目を口に入れたまま、壁のシフト表を見た。来月の第二水曜日に、赤ペンで小さく丸をつけた。
読み終えて、どうでしたか