ハゼ一匹
女房が釣りに連れていけと言った。九月の最初の日曜の朝だ。
三十一年いっしょにいて初めてのことだった。結婚する前に一度だけ、江戸川の土手までついてきたことはある。日傘をさして二時間すわっていて、帰りの電車で「もう一生分見た」と言った。それきり竿には指一本さわっていない。
「なんでまた」
「行ってみたくなったのよ」
それ以上は言わない。台所で麦茶を注いでいて、こっちを見もしなかった。
女房が急に何かをやりたがるときには、たいてい裏がある。五年前にいきなりヨガを始めたのは中学の同窓会の三か月前だったし、去年の暮れに家計簿のアプリを入れたときは、年が明けたらおれの小遣いが八千円減っていた。
だから最初は金の話だと思った。物置には竿が七本ある。八本だったかもしれない。そのうち二本はほとんど使っていない。一本くらい売れと言うための下見だろうと読んで、いちばん安いグラスロッドを女房用に出してやった。高いのを持たせて、これいくらしたのと聞かれたらかなわない。
行徳の「つりえさ大黒」で青イソメを一杯買った。五百円。親父がレジの奥から女房を見て「おや」と言ったが、おれは聞き流した。
放水路の岸に着くと、女房はバケツのイソメを見て一歩下がった。
「この子たち、動くのね」
「生きてるからな」
「この子を、この針に」
「刺すんだ」
結局エサはおれが全部つけた。女房は竿を持ってすわっているだけで、アタリが来ても合わせないから、ハゼのほうが根負けして針から外れていく。十時を過ぎたころには竿を膝に置いたまま、持ってきたおにぎりを食べはじめた。梅と昆布。それに魚肉ソーセージが二本。釣り場で魚肉ソーセージを食う人間を、おれはこの歳になって初めて見た。
隣では、年季の入った麦わら帽子のじいさんがハゼを次々に上げていた。女房はそっちを見て「上手ねえ」と言い、じいさんは聞こえないふりをした。
そのへんでおれは考えを変えた。
これは見張りだ。
吉田が春に茨城へ越してから、おれは一人で日曜に出かけている。朝の七時に出て昼すぎに帰る。釣れたかと聞かれれば、だめだったと答える。それが五か月続いた。女房はおれがパチンコにでも通っていると思って、確かめに来たにちがいない。
半分は当たっていた。
おれはこの五か月、ほとんど竿を出していない。吉田といつもすわっていた護岸の切れ目まで行って、缶コーヒーを一本飲んで、川を見て帰っていた。吉田は七十一で、娘の家の近くに住むことにした。電話では「こっちは霞ヶ浦があるからな」と威張っていたが、霞ヶ浦にはまだ一度も行っていないらしい。一人で行く気が起きないのは、向こうも同じだ。
パチンコではないが、釣りでもない。言い訳のしようがなかった。どう切り出されるかと思って待っていたが、女房は二本目のソーセージのフィルムをむくのに手こずっていて、それどころではなかった。
帰りに大黒へ寄ってバケツを返した。親父はレジから女房に声をかけた。
「奥さん、先週はどうも」
「いえ、こちらこそ」
おれが黙っていると、親父は勝手にしゃべった。先週の土曜に女房が一人で店に来て、旦那が最近エサを買いに来ないけどどこで釣っているんでしょうか、と聞いたそうだ。親父は、吉田さんがいなくなってから来てないよ、と答えた。
「あれ、言っちゃまずかったか」
「いえいえ」と女房は笑った。
車に戻っても、どっちも何も言わなかった。女房はクーラーボックスを膝に抱えていた。中には昼すぎにやっと女房の竿にかかった、人差し指くらいのハゼが一匹入っている。合わせたわけではない。ハゼのほうが勝手に飲みこんだ。
信号待ちで、女房がふたを開けてのぞいた。
「これ、天ぷらにできる?」
「一匹じゃ油がもったいない」
「じゃあ来週、もう一匹ね」
読み終えて、どうでしたか