創作恋愛・夫婦約2分

味噌汁の濃さ

結婚して四十年、夫はわたしの味噌汁に文句を言ったことがない。

わたしの味噌汁は濃い。秋田の実家がそうだったから。夫の実家は京都で、白味噌の、薄い、甘いやつだった。それを知ったのは結婚してからだ。

夫は毎朝、黙って飲み干した。「おいしい」とも言わないけど、「濃い」とも言わなかった。

夫が定年した年、健康診断で血圧に引っかかった。上が百六十八。医者に「塩分、控えてください」と言われた。

わたしは、帰りの車の中で謝った。

「ごめんね。四十年、あなたにしょっぱいもん飲ませて」

夫はハンドルを握ったまま、しばらく黙っていた。それから言った。

「最初はなあ、正直、塩の汁かと思った」

やっぱり。

「新婚のころ、おまえ、よう泣いとったやろ。こっちに友達おらんし、方言も通じへんし。台所で」

泣いていた。覚えている。夫にはばれていないと思っていた。

「味噌汁作っとるときだけ、鼻歌うたっとった。秋田の、なんやったか、ドンパン節か。あれ聞いたら、まあ、ええかと思って。そのうち、こっちの舌がおかしなってきて、薄いのが物足りんようになった」

「……ドンパン節、うたってた?」

「うたってた。音はずれとった」

翌朝、わたしは味噌を半分にして味噌汁を作った。夫はひと口飲んで、眉をしかめた。

「薄っ」

「お医者さんの言いつけです」

「わかっとる」

夫はそれを飲み干して、茶碗を置いて、ぼそっと言った。

「鼻歌は、やめんといてや。味が薄なっても」

それからわたしは、台所でドンパン節をうたっている。四十年ぶりに。歌詞を半分くらい忘れていて、忘れたところは「ドンドンパンパン」でごまかしている。

夫は居間で新聞を読みながら、ときどき一緒に「ドンパン」と言う。京都の人なのに。

#心温まる話 #くすっと笑えていい話

読み終えて、どうでしたか

保存する・アプリで読む LINEで送る

アプリでは、毎日新しい物語が届きます。

← 前の話逆さまの月

この話を読んだ人におすすめ

167
創作恋愛・夫婦約4分

義実家メモ

結婚して最初の正月、夫の実家は大分の山の中。三日間で覚えた決まりごとを、妻はスマホのメモに書きためた。

105
創作恋愛・夫婦約2分

誤爆

別れて半年、元彼から間違えて届いたLINE。

115
創作恋愛・夫婦約2分

足を踏む人

六十八歳から始めた社交ダンス。夫はいつも足を踏んだ。

16
創作恋愛・夫婦約2分

見てもいい?

目の見えない彼女が、僕の顔にさわった日。

176
創作恋愛・夫婦約4分

羽根つき

結婚して六十一日目の日曜の夜。餃子を羽根つきにするかどうかで、夫婦ははじめて本気でもめた。

151
創作恋愛・夫婦約4分

ハゼ一匹

結婚して三十一年、竿にさわったこともない女房が、急に「釣りに連れていけ」と言い出した。