ポテトの端っこ
うちがこの店でパートを始めて十年になる。堺の国道二十六号沿いにある「ファミリーダイナーことぶき」。ハンバーグとドリアの店で、平日の昼は年寄りと営業の人しか来えへん。
岡本くんが入ってきたんは三年前の春や。高一で、ひょろっとしてて、レジがほんまに遅かった。お釣りの小銭を一枚ずつ指で数えるねん。後ろにお客さんが四人並んでても数えるねん。
「岡本くん、それ指で数えんと目で数え」
「目やと間違えるんで」
「間違えてええから早よして」
「間違えたらあかんでしょ」
こういうやりとりを百回はした。いや、二百回かもしれん。店長は毎回うしろで笑てた。笑てんと止めえや。
うちは揚げ場の担当で、ポテトの端っこを食べる癖がある。カゴの底に残る、短くて焦げかけて固なったやつ。お客さんには出されへん。店長は見て見んふりしてくれる。岡本くんだけが毎回言うた。
「それ廃棄ちゃうんですか」
「うちが食べたら廃棄やない」
意味わからんって顔してた。うちもわからん。
岡本くんは四月から東京の大学に行く。何を勉強するんか聞いたら、なんとか工学やと言うてたけど、忘れた。二回聞いて二回忘れた。三回目は聞かれへん。
最後の日は三月の二十八日やった。土曜で、昼はえらい混んだ。厨房のラジオでセンバツをやってて、大阪の学校が負けそうで、店長がそっちばっかり気にしてた。
レジの前に六人並んでた。うちは揚げ場から見てた。岡本くんはお釣りを目で数えてた。指やなかった。いつからそうなってたんか知らん。うちが見てへんうちに、そうなってた。
三時にランチが引けて、店長がスーパーで買うてきた花束を渡した。値札が付いたままで、税込千九十八円て書いてあった。バイトの子らが写真を撮ってた。うちは油の温度を下げなあかんから揚げ場におった。ほんまは下げんでもよかった。
岡本くんが厨房の窓から顔を出した。
「お世話になりました」
「東京でも目で数えや」
「はい」
それから岡本くんは手を伸ばして、カゴの底のポテトの端っこを一本つまんで食べた。三年間で初めてや。
「これ、うまないっすね」
「うまないで」
「なんで食べてたんですか」
「知らん」
岡本くんは笑て、花束を持って裏口から出ていった。値札はまだ付いたままやった。取ったりいや、と言おうと思たけど、もう扉が閉まってた。
店長が厨房に入ってきた。
「岡本くん帰ったで。見送らんでええの」
「油下げてんねん」
カゴの底に端っこがあと三本残ってた。一本食べた。うまなかった。ラジオで大阪の学校が負けたと言うてた。
読み終えて、どうでしたか