杖の老人
二十歳の夏、一人でヨーロッパを回った。
スロバキアの名前の読めない小さい町で道に迷った。スマホの電池は切れ、紙の地図は雨で溶けて、手もとには宿の名前をメモした紙しかなかった。日が暮れかけていた。英語が通じる人はいなかった。
広場のベンチに座っていたおじいさんが何か話しかけてきた。スロバキア語で、一言もわからなかった。
メモを見せると、おじいさんはポケットから老眼鏡を出してじっと読んだ。それから立ち上がって手招きした。
おじいさんは杖をついていて、歩くのが遅かった。方向だけ指さしてくれればいいと身ぶりで伝えようとしたが、おじいさんは首を振って歩きつづけた。
石畳の坂を上って細い路地を抜け、また坂を下りた。三十分以上かかった。おじいさんは何回も止まって息を整えた。一回はパン屋の前で止まって、店の人と三分くらい世間話をした。私は横で待った。何の話だったのかは知らない。
宿の前に着いたとき、あたりは真っ暗だった。
財布から十ユーロ札を出すと、おじいさんは強く首を振った。それから自分の胸を指さし、私の胸を指さして何か言い、最後に空を指さした。
意味はわからなかった。おじいさんは杖をついて帰っていった。
宿のおばさんが少し英語ができたので、おじいさんの身ぶりを真似して見せた。おばさんは首をかしげて、しばらく考えてから言った。
「たぶん……『私の息子も、日本で迷ったとき、日本人に助けてもらった』? わからない。この町の人、息子がみんな外国に出稼ぎに行ってるから。誰の話でもありうる」
わからないらしい。空を指さしたのが何なのかも、おばさんにはわからなかった。「天気の話かも」と言われた。
十年たって、私は東京で働いている。
去年、新宿駅の南口で、大きいリュックを背負った外国人の男の子が地図アプリを見ながら同じところを三周していた。
声をかけた。英語は半分くらいしか通じなかった。目的地まで一緒に歩いて十五分。途中でたい焼きを買って半分あげた。
別れぎわ、男の子がお礼を言おうとした。私は自分の胸を指さし、男の子の胸を指さして、それから空を指さした。
男の子はぽかんとして空を見上げた。
「……雨?」
曇っていた。天気の話だと受け取られたらしい。「うん、雨」と答えておいた。
読み終えて、どうでしたか