牛舎の歌
実家は北海道の別海町で酪農をしている。
子どものころ、父が牛舎で歌っているのを聞いたことがある。低い声のゆっくりした、何語かもよくわからない歌だった。家では歌なんか歌わない人だったのでびっくりした。聞いたら「歌ってない」と言われた。歌っていた。
高校のとき、牛の出荷を手伝った。乳が出なくなった牛は肉牛として出荷される。うちでは当たり前のことで、僕も当たり前だと思っていた。
出荷の前の晩、父は一頭の牛の前にしゃがみこんでいた。「ハナコ7号」。うちの牛は母牛の名前に番号をつけていくので、ハナコは七代目だった。
父はあの歌を歌っていた。ハナコ7号は父の声を聞きながら目を半分閉じていた。
翌朝トラックが来た。ハナコ7号は父に引かれて、素直に荷台に上がった。父は帽子をとって、トラックが見えなくなるまで牛舎の前に立っていた。
その晩、父に聞いた。
「あの歌、何」
父は焼酎を飲みながら、しばらく答えなかった。テレビでは日ハムが負けていた。
「生まれた日にな、歌う。おまえはここで生まれた、って。出てく前の日にも歌う。おまえはここで生きた、って」
「何語?」
「知らん。じいさんが歌ってた。たぶん適当だ」
適当なのか。
「じいさんは、じいさんのじいさんから聞いたって言ってた。たぶんそっちも適当だ」
父はそれ以上言わなかった。
牛舎の柱には、父の字で牛の名前と日付がびっしり刻まれていた。生まれた日と、出ていった日。何十年分もある。父は全部の牛を覚えていたのかと、柱の前でしばらく立っていた。柱の下のほうはじいちゃんの字だった。
今は僕が実家を継いでいる。
子牛が生まれた夜、あの歌を歌おうとして、半分しか覚えていないことに気づいた。父に聞いたら「歌わん」と言われた。三回頼んで、四回目に牛舎の外で、僕のほうを見ずに一回だけ通して歌ってくれた。
覚えた。たぶん父のとも少し違う。僕のも適当だ。
柱には僕の字もある。父の字の下に。字が汚いと父に言われた。
読み終えて、どうでしたか