創作見知らぬ人約2分

立会人席

市立第三小学校の体育館は、朝七時に扉が開いた。

投票箱の横に長机が一つあり、パイプ椅子が二つ並んでいる。右の椅子に野中が、左の椅子に四十代の女性がすわっていて、二人とも胸に「投票立会人」の名札をつけている。野中の名札は少し斜めになっている。

七時一分に最初の男が来た。ジャージ姿で、犬のリードを入口の柱に結んでいた。男は用紙を受け取り、記載台で十秒ほど書き、箱に入れて出ていった。犬は一度だけ吠えた。

昼までに二百十三人が来た。野中はその数を数えていない。数えるのは受付の係員の仕事で、立会人は箱と人を見ているだけだ。立会人は投票に口を出してはいけない。手伝ってもいけない。

正午に交代の知らせはなかった。野中は長机の下から弁当を出した。コンビニののり弁で、ちくわの磯辺揚げが入っている。左の女性は、昼は十二時半から三十分抜けると最初に言っていた。そのとおりに抜けた。

午後二時すぎ、若い女が入ってきた。

紺のパーカーを着て、入場整理券を両手で持っていた。受付で生年月日を聞かれ、二回言い直した。用紙を受け取ると、記載台の前に立った。

立ったまま動かなかった。

記載台の上の壁に、候補者の名前が貼ってある。二十四人ぶん。女は紙の名前と壁の名前を何度も見くらべていた。口が動いていたが、声は出ていない。

一分が過ぎた。うしろに年配の夫婦が並んだ。夫婦は別の記載台へ回った。

二分。

野中は膝の上で手を組み直した。左の女性がちらりと野中を見た。野中は前を向いたままだった。

女は振り返って受付の係員に言った。

「あの、これ、ひらがなで書いてもいいんですか」

「大丈夫ですよ。ひらがなでも」

女はうなずいて鉛筆を持ち直し、一字ずつ時間をかけて書いた。

用紙を二つに折って箱の前まで来た。投票用紙は特殊な紙で、箱の中で勝手にひらくようにできている。女はそれを知らないらしく、折った紙をさらにもう一度折ろうとした。紙はかたくて、うまく折れなかった。

女は四つ折りをあきらめて二つ折りのまま差し入れた。

紙が箱の底に落ちる音はしなかった。上に何百枚も重なっているからだ。

女は箱に向かってちょっと頭を下げた。それから野中にも頭を下げた。野中は座ったまま同じくらい頭を下げた。

女が出ていったあと、入口の柱にはもう犬はいなかった。

野中は長机の上の手帳をひらいて鉛筆で書いた。

「十四時十七分 異状なし」

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