別れの曲
祖母は、八十でピアノを習いはじめた。
子どものころ、ピアニストになりたかったらしい。家にはオルガンがあった。でも戦争が始まって、金属の供出で、ペダルの部品を持っていかれて、音が出なくなった。それきり弾いていない。戦後は生活に追われて、結婚して、子どもを四人育てて、気づいたら八十だった。
「死ぬ前に、一曲だけ弾きたいの」
近所のピアノ教室に、小学生に混じって通いはじめた。先生は二十六歳の女の人で、祖母のことを最初「生徒さんのおばあちゃん」だと思っていたらしい。
祖母は、ドレミから習った。指が思うように動かなかった。楽譜の音符が小さくて、老眼鏡を二重にかけていた。
それでも毎日練習した。中古の電子ピアノを買って、朝も夜も弾いた。ヘッドホンをつけずに弾くので、隣の家から苦情が来た。一回だけ。二回目からは、隣の人も何も言わなくなった。聞いていたらしい。
一年後、教室の発表会に出ることになった。曲は、ショパンの「別れの曲」。子どものころ、ラジオで聞いて、ピアニストになろうと決めた曲。
先生は、もっと簡単な曲にしましょうと言った。祖母は聞かなかった。先生が、祖母用に簡単にアレンジした楽譜を作ってくれた。
発表会の日、祖母は小学生の列に並んで座っていた。白いブラウスを着て、手をずっとこすり合わせていた。
祖母の番。
ステージの真ん中のグランドピアノまで、祖母はゆっくり歩いた。椅子の高さを合わせるのに、一分くらいかかった。客席が少しざわついた。
最初の音が鳴った。
たどたどしかった。三回間違えた。一回、完全に止まった。五秒くらい、何も音がしなかった。客席の小学生の誰かが「がんばれ」と小さい声で言った。
祖母は、止まったところから、弾きなおした。
最後の音が消えて、祖母は鍵盤から手を下ろして、しばらく動かなかった。それから立ち上がって、深くお辞儀をした。深すぎて、よろけた。
拍手が起きた。
楽屋に戻ってきた祖母は、泣いていなかった。
「止まったとこ、あれ、わざとよ」
「うそでしょ」
「うそよ」
祖母は、それから五年ピアノを続けた。
祖母の葬式では、「別れの曲」を流した。発表会のときの録音。三回間違えて、一回止まって、五秒の無音があるやつ。
五秒の無音のところで、会場の誰かが、小さく「がんばれ」と言った。たぶん、あの教室の先生だった。
読み終えて、どうでしたか