創作別れ約2分

最後の在校生

わたしが通った小学校は、瀬戸内の小さい島にあった。

全校児童はわたし一人だった。

上の学年の子が卒業していって、下の学年には誰も入ってこなかった。四年生から三年間、わたしは一人で授業を受けた。先生は校長先生と担任の先生の二人で、あとは用務員の源さんがいた。

一人の運動会には島中の大人が出た。綱引きの相手は漁協のおじさんたちで、手加減されたのがわかって腹が立って、本気でやれと言ったら本気でやられて、ずるずる引きずられて膝をすりむいた。

一人の学芸会では、主役も村人Aもナレーションも、わたしがやった。着替えが間に合わなくて、村人Aは主役の衣装のまま出た。客席のおばあちゃんたちは毎回大笑いした。

さびしくなかったと言ったらうそになる。本土の学校の話をテレビで見るたび、友達がいっぱいいるのがうらやましかった。

わたしの卒業と一緒に、学校は閉校することが決まっていた。明治から百二十年。

卒業式の日、体育館に入ったところで立ち止まった。

パイプ椅子がびっしり並んでいた。三百脚以上。全部に人が座っていた。

島の人だけじゃなかった。この学校の卒業生が、全国から帰ってきていた。白髪のおじいさんも、赤ちゃんを抱いたお母さんもいた。フェリーを臨時便にしたらしい。

校長先生がわたしの名前を呼んだ。

「はい」

声が体育館の天井に当たって戻ってきた。

卒業証書を受け取って振り返ると、全員が立っていた。一番前のおばあちゃんが言った。

「あんたの同級生は、ここに全部おるけんね」

そのおばあちゃんは昭和二十一年の卒業生だった。同級生というには年が離れすぎている。

答辞もわたしが読んだ。一人しかいないので。

原稿には「三年間一人でさびしかったけど」と書いてあったのを、読み飛ばした。担任の先生が原稿を見ながら、あっという顔をした。

式のあと、担任の先生が最後の日直日誌を渡してくれた。三年間、わたしの名前しか書かれていない日誌。

最後のページに、先生の字で書いてあった。

「本日の出席 一名 欠席 なし

答辞、三行とばしたね」

#元気が出る話 #くすっと笑えていい話

読み終えて、どうでしたか

保存する・アプリで読む LINEで送る

アプリでは、毎日新しい物語が届きます。

← 前の話宇宙へ持っていくもの

この話を読んだ人におすすめ

126
創作友情約3分

スピーチ原稿

高校からのツレの結婚式で、友人代表のスピーチを頼まれた。人前でしゃべるのが一番苦手な男に。

51
創作学校・先生約2分

答案の裏

0点の答案の裏に描いた落書きに、数学の先生が赤ペンで書いたこと。

137
創作挑戦約3分

最後の一箱

健康診断で医者に言われて、五十六歳で禁煙を始めた。これが四回目になる。

149
創作挑戦約2分

はじめての床屋

小学四年の男の子が、四つ折りの千円札を二枚にぎって、はじめて一人で床屋のドアを押す。

87
創作挑戦約2分

四段の跳び箱

六年間一度も跳べなかった跳び箱を、卒業の一週間前に。

25
創作友情約2分

ツケの紙

売れない芸人時代、定食屋の親父が壁から外したもの。