見てもいい?
彼女は生まれつき目が見えない。
出会ったのは駅の階段だった。白い杖で段差を探している彼女に声をかけるかどうか迷っていたら、彼女のほうが先に言った。
「迷ってる気配がします。大丈夫です。でも、ありがとう」
気配でわかるのかとびっくりした。あとで聞いたら、僕の足音が三段上で止まってそのまま動かなかったからだという。それはわかる。
付き合って半年たったころ、居酒屋でずっと気になっていたことを聞いた。
「おれの顔、気にならないの」
僕は自分の顔が嫌いだった。子どものころのあだ名は「エラ」で、説明はしない。彼女に顔を見られないことに、正直ほっとしていた部分があった。最低だと思う。
彼女は枝豆を食べる手を止めて「見てもいい?」と言った。
両手が伸びてきて僕の顔にさわった。おでこ、眉、まぶた、鼻、ほっぺた、あご。ゆっくりだった。指先に枝豆の塩がついていて、ちょっとしょっぱかった。
「エラ、はってるね」
「言うなよ」
「いいじゃん。わたし、エラ好き。安定感ある」
「安定感って何」
彼女は笑って、それからもう一回口のあたりをさわった。
「笑うと、ここがこうなるの、声でわかってた。思ってたとおり」
ここで気の利いたことを返した、と書きたいところだけど、実際は「そう」と言っただけだった。そう、って何だ。
「あと、見えないのに顔気にしてるの、かわいかった」
「見えないからだよ。見えたら、嫌われると思ってた」
「見えない人に嫌われるの心配するの、変じゃない?」
言われてみればそうだった。
去年、結婚式の写真が届いた。彼女には見えないので、僕が一枚ずつ何が写っているか説明した。三十枚目くらいで彼女が言った。
「その写真、あなたどんな顔してる?」
写真の中の僕は口を大きく開けて笑っていた。エラが全開だった。
「……安定感ある顔」
「でしょ」
読み終えて、どうでしたか