連載『閉店まで、あと十日』 第4回
七日前 ― 未引取
七日前。雨。
学校帰りに行ったら、じいさんが店の奥で段ボールに囲まれてた。
「何してるんですか」
「ネガの整理」
五十八年分のネガが奥の部屋の棚にぎっしり詰まってた。茶封筒に一件ずつ入ってて、表に日付と名前がボールペンで書いてある。昭和四十年代のは字が青くて、平成のは黒い。令和のはほとんどない。
「捨てるんですか」
「わからん。欲しい客には返す。取りに来ないのは……わからん」
わからん、が多い。
あたしは勝手に手伝い始めた。止められなかったのでそのまま続けた。年代順に並べて名前の五十音順に分けて、段ボールにマジックで「昭和41〜45 あ〜さ」とか書いていく。地味な作業で、三時間やっても棚の半分も終わらなかった。
途中でじいさんがお茶を出してくれた。湯のみが茶渋で茶色くなってた。お茶菓子は個包装のせんべいで、賞味期限を見たら先月だった。言わなかった。食べた。普通だった。
五時過ぎ、いちばん上の棚の奥に手を突っこんだら、ほかの封筒と手ざわりの違うのがあった。
封筒が二重になってた。茶封筒の上から、もう一枚白い封筒がかぶせてある。表には青いボールペンでこう書いてあった。
「未引取 昭和四十六年五月」
名前のところは空欄だった。透かしてみると、ネガが一本と四つ切りの印画紙が一枚入ってるみたいだった。
あたしはじいさんのほうを見た。じいさんはカウンターで、電卓で何か計算してた。閉店セールでもやる気なんだろうか。写真館の閉店セールって何を売るんだろう。
封筒は開けなかった。開けなかったけど、棚の上には戻さないで、ほかの段ボールのいちばん上にそっと置いた。じいさんから見えるところに。
「大黒さん」
「なんだ」
「未引取って、なんですか」
じいさんは電卓から顔を上げて、あたしの手元の段ボールに白い封筒が乗ってるのを見た。
電卓を打つ手が止まった。
長いこと何も言わなかった。雨の音と壁の時計の音だけがしてた。この店の時計は秒針の音がやたら大きい。
「撮ったけど、取りに来なかった客のだ」
「昭和四十六年って、五十五年前ですよね」
「そうだな」
「ウィンドウの写真も、五十五年前からあるって、戸田さんが」
じいさんは答えなかった。答えなかったけど、立ち上がってあたしのところに来て、白い封筒を取った。それから棚のいちばん上の奥、元あったところに背伸びして戻した。あたしより背が低いので、戻すのに苦労してた。
「今日はもう帰れ。暗くなる」
外に出たら雨はやんでた。
ショーウィンドウの前で立ち止まった。女の人は今日も首をかしげてた。ガラスに商店街の街灯が映ってた。
家に帰って、写真部のグループLINEに「未引取ってなんかエモくない?」と送った。一年の子から「なにそれ」と返ってきた。説明しようとしてやめた。
たぶん、あたしにもまだわかってない。
読み終えて、どうでしたか