創作家族約3分

通夜の寿司

ばあちゃんの通夜は、葬祭場じゃなくて岩手の実家の座敷でやった。ばあちゃんが「家で」と言っていたからだ。言っていたと主張したのは伯父で、誰もそれを聞いたことはなかったけど、誰も逆らわなかった。

九十一だった。

座敷の襖を外して二間つなげ、奥に祭壇を置いた。夕方から近所の人と親戚が来て、焼香して、帰る人は帰って、残った親戚が十九人。十九人に寿司桶が三つだった。

「なんで三つなのや」

最初に言ったのは、叔母の和子さんだった。

「五人前が三つで十五人前だべ。四人足りねえでば」

注文したのは伯父だった。伯父は「来る人数わかんねがったべ」と言った。

「わかるべや、親戚なんだから」

「千葉のしげるが来ると思わねがった」

「来るに決まってんべ、ばあちゃんの孫だど」

千葉のしげる、というのは私のいとこで、名前を出されたしげるは座敷の隅で正座したまま、「おれ食わなくていいっす」と言った。誰も聞いていなかった。

そこから話が変な方向に行った。伯父が「そもそも寿司でねくてよかった」と言い、和子さんが「ばあちゃん寿司好きだったべ」と言い、別の叔母が「ばあちゃんは寿司より、ひっつみが好きだった」と言い、伯父が「ひっつみを通夜に出すのか」と言った。

「出せばいがべ」

「誰が作るのや、今から」

私の母は、そのあいだずっと台所で、黙ってお茶を入れていた。ばあちゃんの長女で、一番ばあちゃんの世話をしていたのは母だった。最後の三年、ばあちゃんのおむつを替えていたのも母だ。母は何も言わなかった。お茶を入れてお盆に乗せ、座敷に運んでまた台所に戻る。十九人分。

もめているあいだに、しげるが寿司桶のふたを開けて一貫ずつ数えはじめた。

「……四十七貫っすね」

「なに?」

「四十七貫。十九で割ると、ひとり二貫と、あと九貫」

全員がしげるを見た。

「玉子とかっぱ巻き抜いたら、ひとり二貫ずつで、いけます」

誰かが吹き出した。和子さんだった。それから伯父が笑った。笑ったらいけない場なのに、笑いが止まらなくなって、伯父は祭壇に向かって「ばあちゃん、すまねえ」と言って、また笑った。

そのとき、台所から母が鍋を持って出てきた。湯気の立っている大きいアルミの鍋だった。

ひっつみだった。

いつ作ったのか誰も知らなかった。ばあちゃんが入院してから、母は冷凍庫に小麦粉の生地をこねて冷凍していたらしい。ばあちゃんが帰ってきたら食べさせようと思って、と、母はそれだけ言った。その先は言わなかった。

十九人でひっつみをすすった。寿司は余った。

伯父は器を持ったまま祭壇のほうを向いて座り直し、何も言わずに汁を飲み干して、空になった器の底をしばらく見ていた。

和子さんが「しょっぱいね」と言った。

母は「ばあちゃんの味だもの」と言った。

しげるは玉子を三貫食べていた。

#泣ける話 #くすっと笑えていい話

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